人間はオオカミや虎のように純粋の肉食動物ではない。牛や馬のように純粋の草食動物でもない。肉も食べれば植物も食べ、魚やエビも食べれば果物やキノコも食べるという、まさに雑食の動物である。(中略)
 その時その時の状況に応じて肉も食い、草も食うというためには、鋭く噛み切る歯と、
擦りつぶし用の平たい歯の両方が必要になる。雑食で生きていこうとすればその両方を揃えねばならなかった。いうまでもなく、歯は上下のあごが噛みあってこそ役目を果たす。
 尖った歯と平たい歯がばらばらに生えていてるも意味はない。人間の口にはそれがじつに①うまい具合に順番に並んでいる。このようなものができるのは大変なことであったろう。
肉も食べ、草も食べ、果実も食べ、キノコも食べということになると、胃も大変である。肉を消化させる肉専用の酵素も必要だし、草を擦りつぶすことも必要である。消化に手間と時間のかかる植物食への対応には、長い腸も必要である。肉食のためには必要のない発酵装置も要るだろう。
そういうものをみな揃えるには、肉食動物のしかけと草食動物のしかけを両方とも、しかも程よい割合で、程よい順番に並べていかねばならない。それは大変たことであったろう。
 人間の直接の祖先は上類人猿(注1)である。森に住んでいた大型類人猿は、本来は章食動物であった。しかし彼らは牛などのように徹底して草ばかり食うのではなく、木の葉も食い、植物の芽も食べ、果実も食べ、たまたま出会った虫も食うという、いわば雑食的な食べかたをしていた。③人間の体の雑食的なしかけはこの基礎の上にできあがってきたのだろう
 類人猿の中でもチンパンジー(注2)はかなりの肉食をする。このことが人間の雑食性をさらに進めることになったのであろう。
 そして人間が森から開けた平地に出ていったとき、人間はこの雑食性のおかげで生きのびられた。そこは森のようにやきしい場所ではなかったからである。
 人間は純粋の肉食勤物ではないし、純粋の草食動物ではない。だからといってそのどちらでもない雑食でごまかしているというのでもない。体のしかけから考えてもわかるとおり、人間は純粋の雑食動物としてできあがったのだ。
 つまり人間は、日和見(注3)的な雑食なのではない。多様なものから必要な栄養を少しずつ、しかも効率よく摂取していくことによって生きていく動物なのである。

(日高稚攻「セミたちと温曖化」新潮文庫刊)


(注1)頼人猿:最も高等な独類
(注2)チンパンジー:猿類の中では最も知能の高いものの一種
(注3)日和見:自分で考えて決めずに、周りの様子を見て状況に合わせて決めること

1。 (59)①うまい具合に順番に並んでいるとはどのようなことか。

2。 (60)②そういうものとは何を指しているか。

3。 (61)③人間の体の雑食的なしかけはこの基礎の上にできあがってきたのだろうとあるが、筆者の考えに近いものはどれか。

4。 (62)この文章で筆者は人間をどのように説明しているか。